「はい、まずイヨロンド様にノエヴァをご返還されたあと、本来のアンブロワの領地を献上してカザルス様の臣につかれます。忠誠を誓い、しかる後(のち)にアンブロワをそのまま封土として再度拝領するのです」

「馬鹿な! どんな愚か者が考えてもそんな調子の良い話があるわけはないわ!」

シャルルは呆れて鼻で笑った。

「いえ、これはあくまで戦略。領地の献上もその後の拝領も実態は変わりませんが、形体はまったく違ってまいります。イヨロンド様に何がしかの権利が発生するかもしれぬアンブロワの土地を、一旦(いったん)カザルス様のご領地に変えることによって、あの方はもはや手が出せません。その仕組みを作る戦略でございます」

「ふん、何が戦略だ。あのカザルス殿が何で我らのその茶番にご親切にも付きおうて下さるか! 話にもならんわ」

シャルルの失望は底を極めた。が、シルヴィア・ガブリエルは明らかな微笑みを口元に浮かべて返した。

「ノエヴァは良き葡萄酒の産地。先ほどイヨロンド様がそれをめぐってご養父からその土地を巻き上げるに至った経緯もお聞きいたしましたが、シャルル様も同じことをなさるまでです。それはイヨロンド様がご自身でお決めになったやり方でございます、異論を唱える筋もございますまい」

「つまり、ノエヴァの葡萄酒をすべてこのアンブロワで買い取って諸国に売る、というやり方だな」

「はい」

「しかしあの母はなあ、おお母などと言うてしもうたわ、あの女はなあ、自分の都合で前言を撤回することなど屁とも思わぬ女でな、はいそうですかと従うものか」

「ノエヴァの葡萄酒は、アンブロワを通らなくては他の諸国へは運び出せません、それがノエヴァのどうしようもない弱点でございます。アンブロワに卸さぬというのであれば、以前そうされておりましたように通行税を取るまでのこと。

いずれにせよ、ノエヴァが葡萄酒を産業として周辺諸国へ売る限り、どんな形であれアンブロワには利鞘(りざや)が落ちるでしょう。その利鞘の中からカザルス様に上納金を出すのでございます。それにより主従の契約は成り立ちます」

「なんと!」

シャルルはやっとその仕組みの全容を理解した。