「右手にボールペンを握っているな」
微かな意識の中で、犯人の名を書き残そうとしたのだろうか。その答えは永遠に見つかりそうになかった。
「はい、睡眠薬などで眠らされ意識を失った後に、ゴルフボールを詰められ、それが喉を圧迫し呼吸困難に陥ったものと思われます。胃が、破裂しているのかも……」
不自然に膨らんだ腹を見ながら、笹井は言い淀んだ。
「凶器はゴルフボールか。睡眠薬の根拠は?」
「あちらの机の上に薬剤の瓶があります。注射して使うタイプのようですが、注射器は見つかっていません。注射痕は首筋に。それ以外の外傷もある程度ありますね。腹にも古傷がありましたが、それは昨日今日のものではなかったです」
「何故犯人は、注射器を持ち去って、睡眠薬の瓶を残したんだ?」
「わかりません。ただ、瓶には指紋がついていないとのことです」
「指紋をつけない、拭き去る知能はある。なのに、瓶は残していく。挑発的な犯人だ」
「まあ。この殺し方ですからね……。快楽殺人とか、そういう方向性かな……と」
「犯人像を断定するな。気が早い」
「すみません」
ぴしゃりと深瀬が言って、笹井は首をすくめた。改めて遺体を見る。
「効果の程は不明ですが、仮に意識が戻ったとすると、悶え苦しんだと考えられます」
【前回の記事を読む】一家四人のうち三人死亡。長男だけが第一発見者の的確な対応により意識不明の重体で救急搬送され…
次回更新は10月4日(金)、21時の予定です。