「なんということでしょう」

母が言うのが聞こえたけれど、私にはそれが女の子のことを気にかけた言葉だとは思えなかった。息子である私だけを、心配しているのではないかと思えてならなかった。母は手持ちのハンカチで私の体をぬぐい、傷口を押さえて止血する。

母にしてみれば「運命の人」が誰のことだったかなど、すでにどうでもよくなっているらしい。私は母に伴われ、息せき切って家に帰り着いた。

放心して玄関の床にくずおれた私のもとに、弟の白露が走り寄ってくる。それで、うんと困ったといった風の顔つきをしてみせる。

「おい、何があったんだ」

父がぶっきらぼうにそんなことを言うものだから、込み上げてくる感情で頭の中がごちゃごちゃに搔き回されそうになりながらも説明する。

女の子が、大人の男たちから私が蒙 (こうむ) ったのと変わらないむごたらしい仕打ちを受けたのだと訴えた。自分は彼女を救い出すことができず、むなしく母と一緒に帰ってきたと。

しかし、父は事件の一部始終を聞きながら、何か面白いことでもあったかのような顔で笑っている。父の笑う声が、私にはいかにも出し抜けのものと感じられた。だいいち、その表情のわけが皆目分からず、私は狼狽の形相で即座に感情をぶつけた。

「どうして!?」

震える声で、私は訊いた。

「どうして笑うの?」

「いやぁ、そりゃお前、なあ」

どこがおかしいのだか、私には全くもって理解できない。黙っている私を尻目に父は居間に戻ってしまい、母も日常の家事を始める。