もう何を言っているのかよくわからない。
ムキになっていたはずのオヤジの口調は、後半にかけて自信なさげな小さい声へと変わっていた。オレは口をはさんだ。
「仮に、そうなったら止めたかどうかは分からないけど、いずれにしてもお母さんには一言言うべきだったでしょ、違う?」
あまりに正論をそのまま投げてしまったことを少し後悔した。オヤジは完全にノックアウトしたかのように項垂れている。
「まぁでもあれだね、無事に帰ってきたんだし、今日はみんなで飲もう、営業終わりにさ、ね!」
常連さんたちに助け船を求めるような顔をしながら、慌ててそう付け加えた。
落ち着きを取り戻したオヤジは二度咳払いをした。すると、律儀にお代を払い、改めて「ホント美味かったよ」と言うと、店を出ようとした。
オレと母親と常連さんたちは全員で「って、どこ行くんだよ!」と慌てて突っ込んだ。オヤジは間髪入れずに「タバコ買いに行くんだよ!」と返した。
店は相変わらず、大きな笑顔に包まれた。
店のテレビでは、夕方のワイドショーの間のストレートニュースが流れていた。アナウンサーは無表情でニュース原稿を読んでいる。
「全国の商店街などで営業しているいわゆる「大衆食堂」の店主の男性などが失踪するというケースが増えているようです。そのご家族からの捜索願いがここ半年で30件ほど出ているということが、警察の発表により判明しました。
ご家族、関係者の方などは失踪の理由について思い当たることはないと話しているということです。店主の男性たちの安否が心配されます」
ともあれ、半年ぶりにオヤジは帰ってきてチャーハンを注文し、美味しいと言ってくれたが、店のメニューが『おやじのチャーハン』と書き直されていたことに気づいてくれただろうか・・・。
-完-
【前回の記事を読む】オヤジがいなくなってから半年が過ぎた昼下がり、いかにも怪しい恰好の男がチャーハンを注文。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。