そう言って少し呼吸を整えてから、「じゃあ、ホントに旅に出てたってことなんだね?」
一応確認をとった。
「そうなの? お父さん!!」
母親も追随した。観念したようにオヤジは言った。
「そ、そうだよ、ずっと旅してた、日本中いろんなところを・・・こんな長いこと家を空けてすまなかった。何も言わずに行ってすまなかった」
この一連のやりとりを固唾を呑んで見守っていた常連の人たちのひとりがすかさず口をはさんだ。
「ま、まぁ、とりあえず無事帰ってきてよかったってことでさ、三人で抱き合いなよ、ね? 大団円でバンザーイだよ、ねッほらッ!」
ほかの常連の人たちも拍手でこれを促した。何人か店内には常連以外のお客さんも居たが、状況が分からず戸惑いながらも一緒に拍手をしている。
オレとオヤジと母親は、抱き合った。しばらく三人で抱き合った後、オレは身を引いて、オヤジと母親だけで抱き合うようにジェスチャーで促した。
拍手をする側に回ったオレは、急に涙があふれてきた。赤い目をしたオヤジはたどたどしいしゃべり方で母親に弁明を始めた。
「ずっと店をやっていたから休みにどこか旅行に行くなんてできなかったけど、いろいろ行きたいところがあったんだよな、実はさ。でもそれを口に出すと良くないと思ったからずっと言わなかったんだよ。というか言えなかったんだよ。
でもあいつに店任せられるようになってからいろいろ考えてさ・・・やっぱ死ぬ前にいろいろ行きてぇなぁって・・・そしたら居ても立ってもいられなくなってなぁ」
次は母親の番だ。
「そんなのあたしだって一緒じゃない! お父さんを置いてどこか旅行するわけもないんだし、ずっとあたしだってどこにも旅行なんて出来なかったんだから! ひとりだけいろいろ旅行したりなんてしてさ! なんで相談してくれなかったのよ! まったくもうッ!!」
オヤジはややムキになって応じた。
「そんなこと言ったら止められると思ったんだよ、仮に一緒に行くかってなっても長い間旅行したいと思ってたから、そんなこと言ったら、今度はおまえにも止められるだろ、さすがに。そういうことだから・・・結局さぁ」