(きっと形が崩れたのが気に入らないに違いない)

そう思い込んだ清三郎達は、形は崩れても味は一級品だとか。崩れる前は整いすぎていて、本物の梅には見えなかった。崩れた今の方が本物の梅らしいとか意味のない事を並べたてて、必死に兄を慰め、菓子を食べるように勧めた。

今思えば、新之丞は父の気持ちを慮って、叔父の家から貰って来た菓子に手を伸ばせないでいたのだ。怒られるのではないか、もしかしたら己まで桝井屋贔屓になったように思われて、父を悲しませるのではないかと考えていたのかもしれない。

それなのに、そんなことなど露程も思わず、トンチンカンな事を言って、菓子を勧めてくる弟達。その言動がとても可笑しくて、新之丞は己の考えが馬鹿々々しくなったのだろう。

先ほどのように突然、笑いだすと、スッと練りきりに手を伸ばし、形や色など全く見ずに、ポンと口の中に放り込んだ。うむ、上手い。嬉しそうにそう言った。その時と同じように新之丞は柏餅にスッと手を伸ばし、豪快に齧るとこう言った。

「うむ、上手い」

柏餅は十個あったので、一つは母の仏前に供え、佐太郎や左内、女中のお時にも分け与えた。父に一つ残した後は源次郎と清三郎が一つずつ食べ、残りは新之丞がペロリと食べてしまった。

「明日、桝井屋が屋敷に来る。正式にお前達に話があるだろう」

すっかり常の真面目な顔に戻った長兄は言った。源次郎と清三郎はその言葉を聞いて言いようのない焦りが腹の底から湧き上がってくるように思えた。

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次回更新は10月6日(日)、11時の予定です。

 

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