「君がいま働いてる家の星炉貴子は、金持ちの翠爵家の娘なんだよ。もっとも、母親は妾だったけどな。でも、そのおかげで子供の頃から贅沢な暮らしをしていて、一度も働いたことはないし、家事だって、女学校の実習で、おもしろ半分にやってみたことがあるくらいだろう。
飯もまともに炊けないんじゃないか。君はそんな女に、安い給料でコキ使われてるんだよ。それも、ただ生まれがちがうだけなんだ。不公平だろう」
わたしは、これまで生きてきた人生に懸けて答えた。
「不公平だったら、なんだっていうんですか。どういう境遇に生まれるかは天命です。わたしは自分に与えられた人生を、せいいっぱい生きるだけです」
西純さんの目が険しくなった。それは以前梁葦さんが見せた目に、おかしいほどそっくりだった。西純さんも女工のことを、無知で純粋な人形のように思っているのかもしれない。
「……君はまっとうに生きているつもりかもしれないけど、ほんとはただ利用されてるだけだよ」
利用されてるのはあなたの方でしょう、と言ってやりたかったが、黙っていた。いくら人目があるとはいえ、この男、逆上したらなにをするかわからない。
「薬充ミホや万由香李が話していることは嘘だと知ってて、記事にしたでしょう」
「彼女たちは、正義のために闘ってるんだ」
西純さんは、しゃあしゃあと言ってのけた。
「誰もが平等で豊かで、自分らしく生きられる、しあわせな社会をつくるためにね。彼女たちは、誰かのために我慢するような生き方とは、決別したんだ」
その言葉には、全然血が通っていなかった。梁葦さんの言葉のように。
【前回の記事を読む】私への誹謗中傷がよほどおもしろいのか、デタラメ記事で騒ぎは大きくなった。それでも、亡くなってしまった同僚たちを想えば…
次回更新は9月14日(土)、11時の予定です。