三
初雪が降った日、わたしは都心の『忍冬(すいかずら)』という薬局に出かけた。
星炉さんはこの頃咳が続いていたが、それはこの季節によくあることで、そうしたときは、この『忍冬』で調合してもらった薬を飲めば、よくなるということだった。
薬を手に入れた帰り道、ふと見ると、大通りの広場に人だかりができていた。
集会をやっているらしく、『フルグナに断固たる制裁を!』という横断幕がかかっていて、若い男の人が、声を張り上げて演説していた。
わたしはそのまま通り過ぎようとしたが、
「政治家がくだらないことで揉めている間に……」
という言葉が耳に入ってきて、思わず立ち止まった。
城屋のことだろうか。
わたしは薬が入った巾着袋をしっかり抱え、そろそろと人だかりに近づいた。
しばらく話を聞いてみると、この集会を開いたのは、錦秋(きんしゅう)県の人たちだとわかった。
錦秋県は森や湖が多い土地で、フルグナと国境を接している。その国境線は、わたしが生まれた頃に結ばれた条約で決まった。
でもフルグナは、その条約はサントネスが勝手に結んだもので、自分たちには関係ない、錦秋の土地はもともと自分たちのものだったなどと、とんでもないことを言い出した。
そして去年からは言うだけでなく、勝手に錦秋県に入ってくるようになった。いろいろ問題を起こしていることは聞いていたが、演説を聞くと、実際はずっとひどいことになっているらしい。
【前回の記事を読む】「支配される側は地獄だけど、支配する側にとってはユートピア」多くの人が収容され、殺された。この真実を隠すのは一体…
次回更新は9月7日(土)、11時の予定です。