がんは低温を好むとインターネットに書いてあった。免疫力は体温が高いほど大きいとも書いてあった。がん細胞と免疫細胞は毎日闘っているのだから、確かにその通りだ。

今は、身体を冷やしてはいけない時に、どうして私たちが住んでいるこの地区は停電なんだ! と管轄の電力会社を恨めしく思ったりもした。東京都内では計画停電はしないとのことだ。都内に引っ越した義姉が羨ましかった。

計画停電は二週間程度続いた。手術した痛みは徐々に消え、病気が見つかる前の状態に戻りつつあった。電気がなく、まだ寒く、暗い夜でも帰宅時には、

「おかえりなさい」

と言って待っていてくれる妻がいる。帰った時に待っていてくれる人がいるというのは、改めて幸せなことであると感じた。

退院後、しばらくして娘の卒業式があり、

「パパ、彩ちゃんの卒業式に行ってきて。私は行かないから」

と言って、私だけ出席した。千恵は、がんの手術直後の状態で、よく知っているママ友に会いたくなかったのだろう。理由は聞かなかった。

私は小学校の行事にはほとんど参加していなかったため、知り合いは二、三人しかいないが、その知り合いの方から、

「お母さんは?」と聞かれ、

「風邪をひいてしまい、体調が悪いので……」

と返答した。娘の行事には必ずといっていいほど参加してきた千恵。PTAの役員を務めたこともある。できれば、出席したかったことだろう。代わりに卒業式の最初から最後までビデオ撮影を任された。自宅で卒業式のビデオを見ながら、

「撮影ポイントが合っていない、手ブレが多くて、画像が揺れている」

あれこれ文句を言っては画像に見入っていた。いつもの千恵に戻っていた。

【前回の記事を読む】3月上旬、がんの手術のため妻が入院。腫瘍が3カ月で約3倍の大きさに。全部取り切り、何も問題はないと思っていた、その時は。

次回更新は8月24日(土)、16時の予定です。

 

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