どこか遠くに行ってしまいそうに感じた。病室で手術が終わるのを待つ。気が気でなかった。四時間程度の手術であったが、その何倍も長く感じられた。病室で、手術が終わるのを待っていると、看護師さんが、

「執刀医から手術後の説明がありますので、こちらに来てください」

と言った。私は全身がブルブルと震え、悪い事ばかりが頭をよぎった。気持ちが後ろ向きになり、良いことを想像することができなくなっていた。執刀医は、

「三カ月前は六・七センチ程度の腫瘍でしたが、手術した時点では二十センチ程度に大きくなっていました。がんは全部取り切りました。臀部を切り取らず、皮膚の縫合ができました」

手術前の担当医との面談で、がんを切除した際、皮膚の縫合ができない場合は臀部から皮膚を切り取り、それを縫合にあてがう。その場合、手術時間は二時間ほど余計にかかると言っていた。

「ありがとうございました」

と一言、お礼を述べた。進行が早かったようだ。完全に切除できたとのことだったので、一先ず安心した。千恵が手術から戻ってくるのを病室で待っていた。移動式ベッドに横たわっている千恵が看護師と一緒に戻ってきた。看護師は、

「熱がありますが、手術後に出る発熱で、明日には下がると思います。大丈夫ですよ」

「奥様、よく頑張りました」

と言ってくれた。私は千恵の手を握り、

「がんは全部取り切ったから、もう心配することはないよ。退院したら、家族三人でどこか旅行にでも行こう」

と耳元で囁いた。千恵は、か細い声で、「うん、ありがとう」と言ってくれた。

よくTVで、

「がんになっても全部取り切っちゃえば、何でもないのよ」

と、ある年輩の女性の方が言っているのを耳にしたことがあるが、実際そのようだ。腫瘍がある部位を全部取り切ってしまえば、何も問題がないように感じられた。その時は。

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次回更新は8月23日(金)、16時の予定です。

 

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