誰から聞いたか分からないが、なるほど、そういうことか! がんにかかると精神的に病んでしまうものなのかと思った。

「がんにかかった七割程度の人は気が病んでしまうらしいよ」と千恵は言っていた。

妻が乳がんであることを、会社で仲の良い隣席の人に話をしたことがあった。私は、

「実は、家内が乳がんを患ってしまい、手術することになりました。そのため、会社を三日ほど休みます」と言った。その方は、

「私の家内もかなり前になりますが、乳がんを患いました。他の部位にも転移が見られ、精神的にも病んでしまい、精神科の病院にも入院していました。でも、今は元気にしています。奥様に寄り添ってあげてください」と丁寧に返答してくれた。

もし、私ががんを患っていたら、平常心で、日々生活できていただろうか? 自信はなかった。迫りくる死に、自暴自棄になっていたかもしれない。

千恵は気丈な性格なため、自分以外の人に弱いところを見せるようなことはなかったが、きっと心の叫びをあげていたのかもしれない。私は、それに気づいてあげることはできなかった。

手術当日、私は朝から落ち着きがなかった。自分に何度も心配はいらないと言い聞かせてみたものの、心臓の鼓動は高鳴っていた。もし、手術が上手くいかなかったら? がんが胸だけでなく、全身に転移し、手術ができないようなことになっていたら? 不安が募るばかりだ。

千恵は手術室に入る直前に

「じゃあ、行ってくる、後のことはよろしく頼みます」と言って、私の手を握った。

「大丈夫、心配ないから」