ヴェネツィア最後の時は、再びヴェネツィア広場に戻る。当時のヴェネツィア広場は鳩たちのたまり場でもあり、わざわざ鳩用の餌を売っている露店まであった。正直に言うと、実は一度これをやってみたかったのだ。
自由時間を設けられたのだからこの際と思い、目の前のその露店で二ユーロほどで鳩の豆ともイタリアの鳥用のエサともつかないものを購入した。袋を開けると、その辺りの鳩たちが待ち構えていたかのように一斉に私めがけて飛んできた。痛くはないがとにかく視界が灰色だ。周りは鳩の鳴き声と羽ばたき以外ほぼ何も聞こえない。鳩の生温かい感触が体じゅうにある。
側から見れば、私はゴーレムのように見えたかもしれない。そんなスペクタクルな状況が落ち着き、私は少し前に帽子をカバンにしまっていたことに気付いた。帽子を見つけて被ろうとすると、何故だか全く被れた感触がない。もう少し深く被ろうとしても、やはり同じだ。
まさか。そう、私の頭上に鳩が一羽居座っていたのだ。だが不思議と追い払う気にはなれなかった。鳩のフンは幸運をもたらすとか、そういう理由ではなかった。頭の上から不思議と、心まで温かくなるような感覚になった。この鳩は私の頭の上で寛いでくれている。そう考えると私まで心地よくなってしまい、約数分後に鳩が自ら離れた時は少し寂しくなってしまった。
感動と環境問題、そして誰かの、鳩の温かさを感じた怒涛の時間が終わりを告げた時は、今まで以上に名残惜しかった。