1階の居間の古いカーペットは全て廃棄した。40年ほど前の話。実家の祖母は自宅療養中に絨毯でつまずき転倒し骨折した。その苦い記憶が恐怖として蘇った。看護師からも同じアドバイスを受けたため、慌てて自宅内の整理に戻った。

病院には即座に戻り、午前中はお風呂に入る訓練。午後はスクワットと妻も帰宅に向けて必死だった。訓練の副産物は夜の激痛。今夜も痛みと闘うしかない。

深夜月を見上げて今日一日を振り返った。狭い我が家の敷地。その庭の片隅には70リットルの衣装ケースがある。中には30センチほどにまで成長したミシシッピアカミミガメが冬眠していた。

平成14年に我が家を購入した際に子供たちが夜店でもらってきた子亀は、亀吉と名付けられ大きく成長した。子供たちは全員独立したが我々夫婦のもとに託された亀吉は今も元気だ。

今、家を守っているのは冬眠中の亀吉だけ。彼か彼女か未だに分からないが「家をしっかり守ってくれよ」と声を掛けて自宅を離れた。

「亀は万年、妻は千年」と私はつぶやいて、まん丸の月に妻の回復を願った。

■2021年12月15日

昨夜も痛みによるマッサージと排尿処理で1時間ごとに起きて、2人で朝を迎えた。

朝5時、予定通り福祉機器メーカーの担当者と自宅で合流した。私の勝手な都合に合わせてくれた担当者には本当に頭が下がった。リモコンで起き上がることが可能か試した上で可動式ベッドを設置した。

脱衣場と風呂の洗い場と浴槽内の3カ所に、福祉用の専用椅子を配備した。もっとも事故が多い水回りには細心の注意を払う。

転倒防止機能が具備された椅子の脚回りには、ホームセンターでは販売していない専用器として優れた耐久性と細かい配慮が施されていた。それに伴い量販店より各品が高額だ。

「妻の安全が第一」というキーワードを常時復唱し続けた。

【前回の記事を読む】「母子家庭で苦労をかけた娘。死ぬまで守ってほしい」今は亡き義母からの頼みに月に向かって謝罪した

次回更新は7月28日(日)、16時の予定です。

 

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