【第三章】
13 失った視覚との闘い
午後、眼科に出向いた。妻が入院したこの病院は地域の救急医療の要でもある。当然ながら外来は患者で溢れていた。入院患者かつ予約済みであっても待合室で一時間ほど待つことになった。
車椅子にまだ長時間座る力がない妻は、腰の痛みに耐え続けた。滅多に文句を言わず悲鳴も上げない妻だが、下を向き、手には力が入った。
暫くすると、顔色も急変して紫から真っ青になった。冬なのに滲み出る首筋の汗。痛みの限界を超えたことは誰にでも分かる。心の中で「誰か助けて下さい」と、叫びたくなる。
本当の恐怖は、こういう時なのかもしれない。妻を励まし、汗をぬぐい、藁をもつかむ思いで改めて看護師にいつぐらいになるか問いかけた。「次なので辛抱を」と当たり前の回答を受けた。その言葉は確証もなく妻には伝えられなかった。
永遠に続く待ち時間が終わり、遂に名前を呼ばれた。狭く暗い通路。車椅子を押す手に力が入る。医師に面談できたのは、妻の意識が飛んでしまう寸前だった。
MRI結果をじっくり検証した医師は「左目内側の骨の骨折部が、眼球自体に影響を与えていないか検証した。左目の鼻側の輪郭を作る骨は再生しない。
しかし、左の眼球自体は徐々に見えるように回復してきた。あと1ミリか2ミリ深く骨折していたら、その亀裂は眼球に及び失明の危険があった」と説明を受けた。