よく手伝いをしていた妹の方が、そのスタッフと付き合っていて、近いうちに結婚することを誓い合っていた。叔父にとっては、万々歳な話だった。自分の娘の晴れ舞台を見ることは叶わなかったが。
オヤジは自分の店のことを当然どうするかをここ数年、常々考えていた。この時もまだ思い悩んでいたようだ。
「それぞれの道がある。決めるのはオレじゃない」
この時は、明るい顔で叔父に話していた。
弟は5年前に突然陶器作りに目覚め、有名な先生に師事し、今現在もせっせと修行に励んでいる。「店を継ぐことがあるとしたら、オレだろうな・・・」、そうなんとなく思っていた。
25歳の時に中途採用で広告代理店に入社し、5年が経っていた。先輩社員やだいぶ上の管理職の人たちにいろいろお世話になっている。それなりに自分の立場を獲得し、仕事に対して充実感や満足感を感じている。
そんな頃だ。食通の人たちが回りに多くいて、美味しい店にも連れて行ってもらうことも多い。和食も、イタリアンも、中華も、エスニックも、いろいろ食べた。どれも美味い、絶品だ。
しかし、食べて「感動」したのはオヤジの作る「チャーハン」、ただ一つだ。今でもそうだと自信を持って言える。有名な料理人がオーナーの中華料理店で食べたチャーハンもとても美味しかった。
毎週食べている店のチャーハンもある。しかしナンバーワンはオヤジがつくるチャーハンだ。身内を贔屓するワケではないが、これは紛れもない事実だ。色がやや浅黒く、しっとり系のチャーハン。
焼豚もレタスも中華鍋の中で適度に焼かれた白米の中で生き生きとしている。卵は黄金色の輝きを放っており、まるで皿一杯に金貨が盛られているようだ。650円には到底見えない。
以前はキムチ、ホウレンソウを含めた3種類のチャーハンがあったが、今は当初から不動の人気だった「チャーシューレタス炒飯」ひとつだけだ。それと、麻婆豆腐をかけたメニューがあるのみ。店に来る常連たちは必ずチャーハンをオーダーする。
厨房で中華鍋を振るうオヤジを盗撮する若い女子もいる。バックに映り込むクラシカルな振り子時計がまたいい雰囲気を出していると、ちょっとしたブームになったこともある。
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