わたしは夕食の支度をしながら、梁葦麻菜美さんのことを考えた。

梁葦さんは、口先ではいかにもわたしに味方するようなことを言っていたが、それが嘘であることを、わたしは見抜いていた。

なぜそれがわかったかというと、わたしはほんとうに思いやりのある人がどういうものか、知っているからである。いくら立派なことを言おうと、梁葦さんは霧坂のおばさんや矢絣先生、四葉さんとはちがう。

自分の思いどおりにならないわたしを見る、あの目つき。ひとかけらの思いやりもなかった。

梁葦さんのうすっぺらな同情や義憤の底にあるのは、偽善と独善だった。思いやりの正反対である。自分が「進歩的な」ヒューマニストであることをひけらかすために、他人の不幸を利用するのはやめてほしい。

梁葦さんは、他人の気持ちがわからない人だと思う。たぶん、知ろうともしない。

……それにしても、梁葦さんは、元女工たちと言っていた。ミホの他にも、城屋の工場を告発した人がいるのだろうか。

生き残った女工は五人しかいない。賢い鈴花がそういうことをするとは思えないし、こずゑは豊殿から遠く離れた実家に帰ってしまった。おしゃべりの由香李か。それとも第一、第二工場にいた人だろうか。

夕食の膳を、二階の星炉さんの部屋に持っていくと、

「ごめんなさいね。今日は不愉快な思いをしたでしょう」

と、声をかけられた。

「いいえ……」

「彼女はわたしの姉の娘なの。姉にはいろいろ世話になってるし、彼女もそのことをよく知ってるから……」

星炉さんは、梁葦さんにあまりいい感情を持っていないようだった。たぶん、その母親である、姉にも。

いつもならここで下がるのだが、わたしは梁葦さんに興味があったので、思い切って尋ねてみた。

「あの、梁葦様は、どういう映画をつくってるんですか?」

「わたしは観たことないけど、社会や家庭で虐げられていた女が立ち上がる、みたいな映画をつくってるそうよ。映画だけじゃなくて、そういう本も書いているらしいわ」

わたしは強い違和感を覚えた。梁葦さんって、恵まれた境遇でワガママ放題に生きていそうだけど、虐げられて苦しんでる女の気持ちなんて、わかるのかな。

でも口に出したのは、別のことだった。

「すごく優秀な方なんですね。女で映画監督って、少ないんじゃないですか?」

【前回の記事を読む】突然の来客…。派手な服装に身を包んだ彼女は私の月給にわざとらしく驚いた

次回更新は8月3日(土)、11時の予定です。

 

【イチオシ記事】「気がつくべきだった」アプリで知り合った男を信じた結果…

【注目記事】四十歳を過ぎてもマイホームも持たない団地妻になっているとは思わなかった…想像していたのは左ハンドルの高級車に乗って名門小学校に子供を送り迎えしている自分だった