二
わたしは夕食の支度をしながら、梁葦麻菜美さんのことを考えた。
梁葦さんは、口先ではいかにもわたしに味方するようなことを言っていたが、それが嘘であることを、わたしは見抜いていた。
なぜそれがわかったかというと、わたしはほんとうに思いやりのある人がどういうものか、知っているからである。いくら立派なことを言おうと、梁葦さんは霧坂のおばさんや矢絣先生、四葉さんとはちがう。
自分の思いどおりにならないわたしを見る、あの目つき。ひとかけらの思いやりもなかった。
梁葦さんのうすっぺらな同情や義憤の底にあるのは、偽善と独善だった。思いやりの正反対である。自分が「進歩的な」ヒューマニストであることをひけらかすために、他人の不幸を利用するのはやめてほしい。
梁葦さんは、他人の気持ちがわからない人だと思う。たぶん、知ろうともしない。
……それにしても、梁葦さんは、元女工たちと言っていた。ミホの他にも、城屋の工場を告発した人がいるのだろうか。
生き残った女工は五人しかいない。賢い鈴花がそういうことをするとは思えないし、こずゑは豊殿から遠く離れた実家に帰ってしまった。おしゃべりの由香李か。それとも第一、第二工場にいた人だろうか。
夕食の膳を、二階の星炉さんの部屋に持っていくと、
「ごめんなさいね。今日は不愉快な思いをしたでしょう」
と、声をかけられた。
「いいえ……」
「彼女はわたしの姉の娘なの。姉にはいろいろ世話になってるし、彼女もそのことをよく知ってるから……」
星炉さんは、梁葦さんにあまりいい感情を持っていないようだった。たぶん、その母親である、姉にも。
いつもならここで下がるのだが、わたしは梁葦さんに興味があったので、思い切って尋ねてみた。
「あの、梁葦様は、どういう映画をつくってるんですか?」
「わたしは観たことないけど、社会や家庭で虐げられていた女が立ち上がる、みたいな映画をつくってるそうよ。映画だけじゃなくて、そういう本も書いているらしいわ」
わたしは強い違和感を覚えた。梁葦さんって、恵まれた境遇でワガママ放題に生きていそうだけど、虐げられて苦しんでる女の気持ちなんて、わかるのかな。
でも口に出したのは、別のことだった。
「すごく優秀な方なんですね。女で映画監督って、少ないんじゃないですか?」
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次回更新は8月3日(土)、11時の予定です。
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