「これは、これは」
父の声が響く、お互いに含みのある笑みを浮かべながら、二人の男が向かい合った。一人は、見るからに裕福そうな商人だ。細身だが決して貧相ではない、剣術をある程度習ったものなら商人らしくない身体つきだと首を傾げるだろう。
実に無駄な肉の無い、堅牢な身体つき。それに加えて四十を少しばかり過ぎた年齢なのに、人目を惹く男ぶりの良さは周囲が騒めいているほどだ。青鼠色の着物に、縞の博多帯を締めた旦那姿は、法事の場にふさわしく上品で、実に堂々としている。
もう一人は、清三郎の父、陣左衛門。年の頃は商人の男とさして変わらない。武士らしい大柄で勇ましい容姿をしているので、この日の為に新調した紋付の羽織袴姿は見栄えがする。
しかし、商人の男より、見劣りするのは明らかだった。父や清三郎達兄弟の羽織袴を仕立てた代金の出どころが目の前の商人なのが面白くないなどと考えているに違いない。父は親の仇を見る様な目つきで商人を睨んでいた。(あの二人が、実の兄弟だとは世も末だな)
清三郎は長年に渡り見慣れた父、陣左衛門と叔父、桝井屋善衛門の睨み合いを見つめた。
桝井屋善衛門はかつて、井口陽次郎と名乗っていた。父、陣左衛門の実弟である。年が離れていれば二人の関係もまた違ったものになったのかもしれないが、数え二つしか離れていないことが災いした。犬猿の仲という言葉があれほど似合いの二人は居ない。
叔父は、井口家の積もり積もった借金を帳消しにする為に武士を捨て、町人となった。
学問に優れ、剣術も達者だった叔父が武士を捨てるなど勿体ないという人もいたらしいが、祖父が無役な上に、長患いの末に儚くなった祖母の医者代、それらの借金で首が回らなかった井口家は、次男の養子先を少しでも金になる桝井屋に決めたのだ。
普通ならば武士が商人になって上手くいくはずがない。武士であった誇りが驕りとなって接客に現れる。そもそも、商売を卑しい行為だ、金儲けをするのは品がないなどと考えている武士も多い。
町人は身分が下と子供の頃から躾けられ、身に沁みついている。婿を取った商家もそれは承知の上だ。
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