連れてきたもの、それはまるでおとぎ話。
大人は半信半疑。いや、ほとんどは疑ってやまない。
でも私はそうも思えずにいた。
あの海はその後ずっと普通だった。波も大きくならないし、雲の様子も風の様子も、地面も海岸も砂浜の砂も海の色も、普通に戻っていた。
「お母さんお父さん、それとさ、おばあちゃん。見て、これ!」
私は運動会の徒競走のときより呼吸が荒く、息が弾んでいた。
「中に紙が!」
「ちょっと、杏南。ちゃんとはじめから言いなさいよ。紙が、って何を拾ったの?」
私は上空から落ちてきた小瓶の話をした。
「多分、これ、空からではないよ……」
あの鯨からだ。
あの大きな水しぶきの上がった時、空から落ちてきたように見えたけど。あいつが飛ばして来たんだと思うの。
『この番号に連絡をください。旅の記録をお話しします。クジラより』
「おばあちゃん! おばあちゃん! 鯨から! 鯨から!」
私はおばあちゃんを呼んで、「鯨から手紙が来た!」って言ったら、おばあちゃんも目を丸くして「まあ! まあ!」とだけ言った。
「あり得る?」
お母さんはお父さんと顔を見合わせる。番号は紙の裏にきれいな書体で書いてある。
「へえ、カリグラフィーだねえ、これは」
お兄ちゃんが覗き込む。
と言ったって、おばあちゃんは何もなす術を知らない。私はお母さんに「電話をしてあげて」となんとなくだけど言っていた。
海岸線は静かになってからずっと、何事もなかったように見えていた。
「あの、ここに電話するようにって書かれていたものですから。はい、私、石崎康子と申します」
「そうですか、お電話ありがとうございます。石崎康子さまのお母さまはご健在でいらっしゃいますか?」