お嬢様の崩壊
給料が出ると、初めてポータブルオーディオプレーヤーを買った。彼の曲を全部知りたくて、今までのCDもレンタルショップで借りてきてオーディオ機器に入れた。
通勤の地下鉄の中でも、今までは暗い気分で乗っていたのに、イヤホンで彼の曲を聴いているとテンションを上げることができるようになった。
夜寝るときも、なかなか寝つけなかったのが、クールダウンできる曲を選んで聴きながら眠るようにしたらすっと眠れるようになった。
マサキの声は、高すぎず低すぎず、癒やされるトーンだった。そんなに歌がうまいわけではないが、心地よく入ってくる音だった。テレビに出ているときも、舞台で歌っているときも、彼はいつも笑っていた。
そのころ、しずかの子どもたちは、母に向かって笑ってくれなかった。夫も笑ってくれなかった。家の中に、笑顔がなかったのである。
いつも笑っている彼の姿はそんなしずかの固まった心をほぐしてくれるのだった。恋するとかそういう感情ではなく、こんな子が家にいてくれたら、そばにいてくれたら、という母の愛に似たような感情だった。彼を見ているだけで心が温かくなった。
音楽といえばクラシックしか聴かない実家の母親が聞いたらなんて言うだろう。たぶんばかにされるだろうと思いながらも次第にのめり込んでいった。