ここで党首の武藤は、皆から離脱して羽田空港へと急ぐのであった。武藤は、選挙戦中の分刻みのスケジュールを手違いなく熟(こな)す為自身の側近で最も信頼している、元財界VIP秘書経験がある青木愉子三二歳に選挙遊説の全行程を同行するよう手配していた。

この青木裕子は日本的な顔付きの女性ではあるが、その容姿とは裏腹に、空手の有段者でもあり選挙戦で万が一暴漢などと遭遇した際のボディーガード役も兼ねていた。

その女性スタッフが、 「武藤先生、千歳行きの飛行機の時間が迫っております。恐れ入りますが少し急いで頂けますか?」と促した。

「分かったわ」と言ってスタッフの指示に素直に武藤は従った。JR線とモノレールを乗り継いで羽田空港に着いた時は、出発時間の一〇分前だった。

千歳空港行きの便に搭乗手続きを済ませて乗り込むと一時間半ほどのフライトの時間を使って、この後のスケジュールを確認した後、 「頼んでおいたヤジ拾い上げてくれた?」と武藤が女性スタッフに質した。

「はい、全て拾って置きました」と答えると、 「そう、じゃ全部言ってみて?」と女性スタッフを促した。

「調子のいいこと言うな、女右翼、耳障りのいい事だけ言うな、独裁者! お前には何もできはしないよ、憲法九条改悪反対! 戦争肯定論者!以上が否定的ヤジです。

肯定的なヤジは、頑張って! 期待してまーす、選挙制度を変えて! 総理大臣になってー、拉致問題を解決してー、憲法改正を、防衛を頼む! へなちょこ外交を変えて、景気をよくしてー、教育改革を、応援してまーす、頼むぞ、そーだ、必ず入れるぞー、投票するから頑張れ、でした。概ね六割が肯定的で三割が否定的ヤジだったと思えます」

と女性スタッフが伝えると、 「そう、六割は肯定的だったならそれで十分」と言っておいて、 「御免、少し寝る」と言って仮眠するのであった。

こうして選挙最終日までには地球を一周する程の移動距離で党首は日本中を遊説して歩くのである。

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