第1章:糖尿病の病態・疫学
2. ヒトの体、血糖上げ上手、下げ下手
A: 私たちの体には「飢餓に打ち勝つ体のシステム」が備わっていると教わりましたが、糖尿病とどう関係があるのでしょうか?
M: 私たちの祖先は、飢餓時代を生き抜く中で、食べなくても血糖値を一定に保つシステムを手に入れました。私たちの体にとって血糖(=ブドウ糖)は車のガソリンと同じで、極端に不足すると体が動かなくなり意識を失ってしまうためです。
A: 確かに、この前1日食事が摂れなかった日があったのですが、倒れたりはしませんでした。ちょっと元気はなくなったけど……。
M: 実は、私たちの体には血糖値を上げるホルモンがたくさん備わっているんです(図1)。血糖値が下がってくるとグルカゴンなど複数の血糖上昇ホルモンが分泌されるため、外からインスリンを注射するなど特別な事情がない限り、血糖値は一定より下には下がらないのです。
A: 血糖値が下がり過ぎないように、何重にも守られている感じがします。
M: それだけ、私たちの祖先は食べ物に困っていたということです。これらのシステムがなければ、人類は確実に絶滅していたでしょうね。
A: 環境に適応した人が生き残っていくのは、今も昔も同じですね! 血糖値を上げるホルモンはたくさんあって安心感がありますが、血糖値を下げるホルモンは1つだけしかないように見えます。
M: 良いところに気がつきましたね! そのとおり、私たちは血糖値を下げるホルモンをたった1つしか持っていません。そのホルモンが「インスリン」です。
A: インスリンは知っています! 血糖値を下げるために注射する薬剤だと思っていましたが、私たちの体から分泌されているんですね!
M: 詳しくはあとでお話ししますが、インスリンは膵臓から分泌されています。私たちの体には血糖値を下げるホルモンがインスリンしかないのですが、食べ物に困っていた私たちの祖先にとっては、血糖値を下げるホルモンは1つあれば十分だったのだろうと思います。