武田くノ一

「と、鳶加藤だ」

尋一は、尚も自分の目を疑った。あれ程探していた憎き相手が今、自分の目の前にいる。

すぐにでも飛びかかって、杏の居場所を聞きたかった。しかし、その行動は、武将斎藤の手によって、抑えられた。

尋常ではない尋一の様子を見た斎藤は、咄嗟に尋一の所に駆け寄り、その衝動的行動を踏みとどまらせたのである。

「同軍同士の喧嘩は、軍律では両方とも死罪である。ここは堪(こら)えよ」

斎藤は、鳶加藤が尋一の探していた人物だということも見抜いていた。

「前にも話したが、縁がある者同士は、どんな障壁があっても必ず結ばれる。行動を焦るな」

隻眼である斎藤は、眼帯の付いていない左目を刃のように鋭くさせ尋一に説いた。尋一は、頭を拳骨で思いっきり殴られたようだった。

─一度消えかけた自分の命。斎藤様に救ってもらわなければそのまま死んでいた。その大切な命を一時(いっとき)の感情で失う訳には行かない。機会は、まだあるはずだ。ここは、斎藤様が言うようにじっと我慢しよう。

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