鶴岡八幡宮で行った就任式で、武将斎藤朝信は、もう一人の謙信の右腕である武将柿崎景家(かきざきかげいえ)と共に太刀持ちの栄誉にあずかった。尋一は、その晴れ晴れしい姿を目に焼き付けていた。
斎藤の晴れ姿を見ながら、尋一はどこかに迷いも生じていた。川中島の千曲川手前で死を覚悟し、瀕死になっていたところを斎藤に助けてもらった。そのため、尋一は斎藤に付いていくことにした。
しかし、再び身体が元気になって来ると、そのまま斎藤に従い行動を共にするべきか、故郷の風魔の里に帰るべきかを悩むのであった。
また、運命の糸が繋がっていれば、必ず杏に会えるという考え方も、本当にそうなのだろうかと、ふと疑問に思う時もあった。丁度今、自分は鎌倉にいる。少し足を伸ばせば、風魔の里に帰れる。自分はどう生きていけば良いのかと、尋一は迷うのであった。
尋一がどうすれば良いかと頭の中を回転させていた時、小田原城包囲の〝殿(しんがり)〟(軍が退却する時、敵の追撃を防ぐための最後尾の部隊)を務めていた上杉軍の武将、新発田(しばた)の軍勢が合流した。
新発田の軍勢の中に尋一と同年代であろうか、若いながらに一際目立つ武将がいた。その男の名前は、新発田重家(しげいえ)。重家は、尋一より二つ下の十四歳であった(五十公野治長とも言うが重家で名前を統一する)。
尋一は、その凛々しい若武者を眺めていた。
─忘れていたが、今回の戦いは、自分にとっては初陣(初めての戦い)ではないか。初陣を果たしたことで、自分も一人前になった。これをきっかけに自分の中で何かが変わるかもしれない。
そう独り納得する尋一の目の前に、目を疑うような光景が舞い込んできた。それは、若武者の新発田重家に連れ添い、談笑している、鳶加藤の姿であった。