「それもあるかもしれない。いや、そちらの方が先で、たまたま需要と供給が婚姻形態と一致したのかもしれないけどね。とにかく、塩硝の材料としては、人尿は一番大切だから、人尿を生み出す人間が大切なんだよ。最盛期の白川郷の塩硝は二十二トンなんだけど、そのうちの人尿由来の窒素分は一トンなんだ。一トンは二四〇〇人分の尿の分量。ちょうど村の人口と同じ。つまり、一滴も無駄にしないで集めた分量ということで、大家族でなければ成り立たない産業ということだよ。

結婚して娘がよその村に行ってしまったり、息子が分家して少人数ずつ分かれて住んでいては、床下の土に大量に撒く人尿が足りなくなるし、もちろん大規模な養蚕や山草を集めたりする労働力も足りなくなってしまうわけ」

「そうだったんですか。塩硝生産にとって大家族という婚姻形態は絶対必要条件だったのですね」

「そうだね。大量の人尿が必要だからといって、外部の人間をたくさん住まわせると、塩硝造りという秘密が漏れてしまうしね。塩硝は軍事物資だから、人の来ない秘境でひっそり生産していたのに、秘密が漏れてしまったら秘境の意味がない。江戸時代の文献に、材木を川で運ぶ筏師たちが白川郷にも来たらしいけど、筏師が泊まりに来たら、(秘密が漏れないように)気をつけろ、なんて書いてあったよ」

「そうですか。なるほど。目からウロコの連続だなあ。あと、まだ、わからないことがあります。最初は加賀藩の五箇山で作っていて、元禄時代になってから白川郷で作るようになったということですが、どうして、加賀藩から越境して天領でも作るようになったのでしょうか? そんなに塩硝って場所を変えても簡単に作れるものなんですか?」

「まっさらの状態から塩硝を作るには、床下の土を五年間は寝かさないと塩硝にはならないけど、一度塩硝が出来た土を使うと、あとは材料を継ぎ足していけば、毎年塩硝は作れるんだ。手作りヨーグルトのようなものだな。一度ヨーグルトを作れば、あとは乳酸菌の働きで牛乳を継ぎ足していけば次の日にもまたヨーグルトになっているのと似ている。

だから、塩硝土さえあれば土壌菌の働きで、蚕糞や山草や人尿を継ぎ足せば、また塩硝土が出来る。毎年作れるからこそ、塩硝造りが一つの産業にもなったわけだよ。加賀藩の五箇山の塩硝土を白川郷の合掌の床下にまいて、そこに人尿や蚕糞や山草を入れれば次の年には出来るということだ。しかし、どうして越境したのか、わたしはわからないね」

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