うわさ
死なせて……
愉悦の中でよし子の胸が念じていた。
わずかにうとうとし、白んだころに床を抜け出た。
テレビ台の脇に置かれていた病院のパンフレットを手にした。
以来、よし子とは連絡がつかなかった。店が新しくなったのは仲間の話で知った。
孝介がその近くに足を向けることはなかった。
それぞれの苦悩
よし子のところから持ってきた病院のパンフレットは、東京からはるかに遠く、むしろ孝介のふるさとに近いほどだった。
その辺りから孝介は仕事に身が入らなくなった。一つの仕事が片付いて打ち上げをしても、「およし」に行くことはない。難しい病気を抱えて一人東京を離れてしまったよし子に、孝介は何もすることができなかった。それがこれほど自分を打ちのめすのかと不思議に思うほどうつ状態が続いた。
俺も東京を出よう。孝介はいきなり思いついた。田舎に帰ろう。兄貴はいつでも戻ってこいと言った。あの時はそんなことがあるはずはないと思っていたが。
兄は孝介の一本気な性格を知っているので、何かがあったときの布石を打っていたのかもしれない。
孝介は道の駅で会った仲間の生き生きした様子を思い出した。あの時ちょっと揺らいだ気持ちが強烈に持ち上がって押さえられなくなっていた。
孝介は粟本工業を退職し、本当に田舎に戻ってしまった。
無理は承知だった。せっかく社内の体制が整ったところだった。