優子は家でなにを食ってきたのか知らないが、俺よりもっと腹を空かせていることだろう。このところ一日五食は平らげると、誇ったように腹を突き出して言っていたから。

親父が買ってきたのは二人前の冷凍たこ焼きだった。手慣れた様子でそれを電子レンジに放り込む。お十時ね、と、誰の影響か気取った言い方をした妹を内心嗤(わら)いながら、俺は時間を気にして一気に平らげた。

食べ終えて隣の紙皿を見ると、俺より先になくなっている。親父はまったく手を付けなかった。右足の貧乏揺すりで、煙草を我慢しているのがわかった。

「なにか飲むか?」忘れ物に気づいたように親父が立ち上がりかけると、優子が、いい、いい、と掌で制して、さっさとセルフサービスのお茶を取りに行く。身体の動きが妊娠前よりもきびきびしている。

「月々のものが来なくなって、なんかすっごく調子いいんだよ。できることならこのままずっと妊娠していたいくらい」と列車の中で言っていたのは本当なのかもしれない。

「お前は足手まといだから今日はついてくるな」と俺が止めたから、強がりを言っているのだとばかり思っていた。しかしいくら体調がいいといっても、駅からここまでまだ十分しか歩いていない。

ということは、まだたっぷりと二十分は歩かなくてはならない。「あいつ大丈夫かな」と親父に囁いたら「なーに、途中で往生したら地元のタクシーを呼ぶから」と鷹揚な答えが返ってきた。

三人で熱いほうじ茶を飲むと、俺たちはまた親父、優子、俺、という順番で一列になって歩き始めた。

ホームセンターを出て国道をしばらく行く。次第に民家がまばらになり、運送会社や大きな倉庫が畑地のところどころに建つだけの退屈極まりない風景になっていった。周囲を見渡すと呆れるほど木というものがない。

豊かな自然も人で賑わう場所も、ちょっと休憩する日陰もない、吹きっさらしの、なんとも殺伐とした眺めだ。今日は5月初旬の暖かさになると天気予報で言っていたが、ほんの二日前は寒さで震え上がった。

そのせいでつい薄手のダウンジャケットを羽織ってきてしまった。こうして歩いていると、脇の下が汗ばんで気持ちが悪い。

たこ焼きを食うまでは饒舌だった優子が、足元に視線を落として黙々と歩いている。緊張してきたのだろう。いや、朝家を出たときからずっと緊張しているはずだ。それを誤魔化す空元気も失せてしまうほど、緊張が臨界点に達したということか。

無理もない。十三年ぶりの親子対面なのだ。お袋と別れたとき俺は十三だったが、優子はまだ小学校に上がったばかりだった。

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