前之章 秘事作法

神秘に閉ざされた奥御殿で繰り広げられる数々の描写は、秀麗尼の体験からくるものでしょうが、その記述や文言は、時には荒唐無稽(こうとうむけい)とも思える淫靡(いんび)極まるもので、とても一人の女性の手記のものとは思われません。

『秘事作法』の内容としては、明らかに中国の古典『医心方房内篇』(余禄1)を引用しており、本編でもその記述を『医心方巻第廿八房内』(宮内庁書陵部蔵本)及び『丹波康頼本』から採用いたしました。

この『私訳秘事作法』は、坂戸みの虫校訂解説(1990年8月限定150部69番太平書屋蔵版)を底本にしていますが、原本の記述には同一描写の繰り返しや、どう解釈してよいか分からない複雑極まりない文言が数多くあるため、筆者が本来の色合いを損なわぬ程度まで翻訳しました。

そして一部の内容については、坂戸氏とは異なる筆者なりの解釈に書き換えた箇所もあります。

本文にある「殿が出精(しゅっせい)してよい相手は正室のみ」という記述も、実際はそうでもなく、敢えて奥女中に子をもうけさせる場合もあり、万一妊娠して子ができれば、その女性は無条件で側室としての地位が保証されます。

子供が男子であればその女性は、将来は殿さまの実母さまとなって権力を振るう可能性さえあり、それは大名家のお家騒動にもなりかねません。

そのような事態も考慮して、本文では殿が出精してよいのは、原則、正室のみとしたのです(将軍や大名はお世継ぎをもうけるために、奥方に子ができなければ多数の側室を持つ必要があります。十一代将軍徳川家斉公は十六人の側室に五十三人の子を産ませています)。

しかし、それでも不始末を起こし、できた男子を巡り将来のお家騒動に発展した例は数しれません。

また文中の「殿さまの性器」を表す陰茎(いんけい)はお宝、夫人の秘所は宮殿(みや)とし、奥女中たちのそれは古来の呼び名である火戸(ほと)、陰核は花芯(かしん)と表現しました。