第一部フローベールの芸術的出発
―初期作品を読む ―
1.初期作品にみる〈無限〉
1839年、18歳のフローベールは待ち望んでいたコレージュ(中・高校)の哲学級に進む。が、5歳年長の友人アルフレッド・ル・ポワトヴァン(※1)の影響や個人的読書体験を通して、すでに1836年頃から一連の哲学的・神秘主義的初期作品に、人生に対する深い疑問、形而上学的問題を考察するようになる。
そこでは〈人間〉〈神〉〈魂〉〈精神と肉体〉とは何かというテーマが繰り返され、有限の存在としての人間と〈無限〉の世界を思い、〈虚無(néant ネアン)〉に捉われていく。
「……永遠の中に虚無を見てしまった……(『地獄の夢』)」
「永遠! この言葉と共に我々の足下に何という深淵が口を広げる事か……何故我々は生きているのか、何故死ぬのか、いかなる目的の為に? 不幸のいかなる風、絶望のいかなる風によって砂の粒に等しい我々は大暴風の中に投げ出されるのか?(『汝何を望まんとも』)」
「……永遠は拷問で、虚無は己を食い尽くす……(『死者の舞踏』)」
この虚無、深淵は時間的〈無限(永遠 éternité エテルニテ)〉として青年フローベールを苦しめる。
1838年の作品『狂人の手記』でも「人間とはあの未知の手によって無限の中に投じられた砂の粒、深淵のふちで全(あら)ゆる枝にすがろうとしている弱い足をもつ哀れな虫けらだ。」と繰り返されるが、ここでは〈無限〉には〈終わりない、果てしない(infini アンフィニ)〉という形容詞の転成名詞が使われ、19章全てがこの〈無限〉の考察に充てられてフローベールの思念の中で大きくクローズアップされてくる。
※1 アルフレッド・ル・ポワトヴァン(1816–1848):文学仲間でフローベールが最も尊敬した親友。彼の妹はモーパッサンの母。すなわち『脂肪の塊』『女の一生』等の作者モーパッサンはポワトヴァンの甥。1872年頃からフローベールと師弟関係を結ぶ。
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