「リュシアンが何を考えているか、私わかっているよ」
「わたしもそう思うよ」
カトリーヌは暖炉に薪を投げ込んだ。
薪のはぜる音と同じ感覚で、失ってしまった時間がすり足で忍び寄ってきていた。
ワルツさんもカトリーヌも気づいていたはずだ。
書きたくてもワルツさんには書けなかったんだ。
ドミニクには想像もできなかったんだろう。
ドミニクと別れたあとのワルツさんの生活を。
ワルツさんは劣悪な環境の中で大人になり、パンを得るためだけに働き、文盲のまま旅に出て、この島にたどり着いた。
「地図にも載っていないこの小さな島に着いた時、自分の居場所を見つけたとわしは思った。四十一歳になったばかりだった。この本屋はここの前のご主人から譲り受けたものだ」
この本屋は「この世の果て」にある本屋だ。
ここから世界を見てみろ。世界はかくも美しいものだと、前のご主人はワルツさんに言っていたそうだ。
「この世の果て」の本屋。
「サンキエム・セゾン」、五番目の季節。
カトリーヌとワルツさんと僕の奇妙な生活はこうやって始まったが僕の胸の中のざわざわは消えなかった。
エピローグ「この世の果て」
雪は降り続けていた。
雪雲の隙間の星を見たくて僕は屋根に登った。
ひとつの星が僕を見て首を傾げてくる。
ワルツさんは僕が空から降ってきたと歌ったけど、ほんとにそうだろうか。
カトリーヌがハヤブサになり、ワルツさんが独りぼっちなように、僕の目からは今にも涙がこぼれそうだ。
【前回の記事を読む】家から兄さんがいなくなり私は毎日泣きました。六十年の時を越えて届いた一通の手紙