新空港を建設するには、山を一つ削らなければならなかった。山を削るということは、そこに生息する動植物や環境に影響が出るのは目に見えていた。

飛び交う怒号。何回目の住民説明会だろうか。父は、何度も何度も頭を下げ、少しずつ着実に住民の理解を得てきた。だが、全員が納得しない限り、着工はしないと父は心に決めていた。だからこそ、懇切丁寧に繰り返し説明する。父は、市民みんなが幸福になる新空港を切望していたのだ。

「住民のみなさん、この豊かな自然を削ることは、ここで暮らしてきた住民のみなさんにとって、自分の心を削られる思いだと理解しています。この山には、たくさんの動植物が自然の摂理によって生きている。

幼少のころ、私はこの山で、父から『自然には、毎日ドラマがある。一日たりとも同じ一日はないんだ』と、教えられました。私もこの山を守りたい気持ちは、みなさんと同じです。それでもなお、私は、みなさんにお願いしたいのです。この場所に、新空港を建設させてください。お願いします」浴びせられる野次の嵐。それでも父の目は真っ直ぐに前を向いていた。

「みなさん、想像してください。ここに、新しい尾山市の玄関口ができる。そこで行き交う人々。出逢いや別れ、それとも再会かもしれません。ここで、これから起こる数々のドラマ。

かつて、ここでは動植物が住んでいて、多くのドラマがそこにあったように──。

確かに私たちは、この自然を傷つけてしまう。しかし、ここに豊かな自然があったということ。そして、その自然を心から愛する住民のみなさんによって、この山に新たな息吹をもたらしたという決断は、この先の尾山市の未来にとって、誇りある決断だと語られることでしょう。

私は、みなさんが納得するまで、何度でも何度でも説明会を開きます。私は、みなさんと共に、創りたいのです。尾山市の未来を──。それをあきらめたくないのです。だからどうか、どうか私に協力していただけないでしょうか」

父の真っ直ぐな思いは、住民の固く結んだ縄を解いた。父の言葉に、涙する住民もいたという(これは編集長が話を盛っていると思う)。

編集長は、この父の姿を見たときに、こう思ったそうだ。

「人の心を熱くし、一歩踏み出す勇気を与える言葉こそ、『真の言葉』である」