ザ・バサラ
「おそらく相当な規模の天守が建てられていたと思われます。ですがその痕跡は見つかっていません。礎石もないのです。また天守の存在を示す資料もいまだ発見されておりません」
大場さんは少しくやしそうに語った。
「さあ頂上に向かいましょう」
三人はまた登りはじめた。まもなく頂上につくとそこからは三百六十度の展望が開けていた。南の向こうに名古屋の高層ビル群があり、西には養老山脈があり、さらに伊吹山が連なっているのが見えた。
北に目を向けると金華山があって山頂天守、岐阜城がよく見える。信長はここから眺めては美濃の攻略を考えていたに違いない。悠子も優もそう思ってしばらく眺めていた。
大場さんは北側に向かって降りはじめた。山下につくと、東側に回りながら、市役所に到着した。およそ四十分のコースであった。一息いれると大場さんは資料を出して説明してくれた。
結論からいうと、信長は小牧城下町に実験都市を作っていた。何もない山と川と田畑だけの地に、人工的に計画都市を作ったのであった。京都に似た区割りを設け、武家地、寺院地、商人地のほかに鍛冶屋地、紺屋地などで構成し、構築されていた。
鍛冶屋地からは鉄錆び土が痕跡として出土したと説明があった。東の川は堀として利用、西の川には水運に必要な川湊を設けていた。南北には広い街道を作って物流網を築いていた。
この小牧山都市はその後岐阜の地に全てを移し、全てが消滅した。わずか四年の都市、つまり実験都市であった。
岐阜に戻った悠子と優は小牧山城について検討をした。
「信長はすごいですね。わずか三十歳で城を造り、しかも都市計画を立案し町を造りました。しかも実戦的にです」
優は感心するように悠子に言った。
「信長は誰からこの発想を学んだのかしら。師僧の拓彦宗恩かしら、でもなんとなく違うような気がする。優くん、何かヒントになる事案はない」
悠子は思案をしながら言った。
「悠子さん、そういえば桶狭間の戦いの前の年、永禄二年、信長二十六歳の時、岩倉城を攻め三か月の間、城を包囲していました。その最中に京の都に出かけています。時の将軍義輝に会っていたようです。戦いをしている最中に指揮官が戦場を一か月も離脱するとはなんと大胆な行為と思いませんか」
「信長の行動を読み取ることはなかなかむつかしいと思う。でも私たちはそこを見極めることが仕事よ」
悠子のきびしい眼差しに優も気を取りなおした。