そんな悟のいう「観察眼の鋭い、他人のことに芯から親身になれる、本当に面倒見のいい男」が、今や無防備になってしまった亜希子に何の衒(てら)いもない同情の目を向けていた。

亜希子にとって、これほどまでに危うい状況があったろうか。そう感じながらそんな男に自ら絡んでしまうのは、何故なのだろうか。それを恐れつつもどこかで縋りたいような気持でいる自分に、亜希子は戸惑っていた。

『自分はどう考え、どう行動すべきなのだろうか』

きっと亜希子は、義姉としてもっとじっくりと春彦のことを考え、認め、受け入れる必要があるのだろう。改めて見る春彦は、面変わりしてしまっていた。目は落ちくぼみ、口は曲がっていて、そこには亜希子の良く見知ったあの感情があった。

春彦は『二年ぽっち』という言葉の重さに涙していた。

この二年間というもの春彦はひたすらガードを高くし、一人きりで背負い耐え忍んできた。亜希子はこの果てしなく続くと思われた孤独から、春彦を解放してくれる唯一の存在に思えた。こみ上げてくるものを堪えられずにいた春彦は、気が付けば亜希子に抱き着きオイオイと声を上げて泣いていた。

他人に弱さをさらけ出すことのできる春彦は、思っている以上に強くて柔軟な男なのだろう。それに引き換え、亜希子の何と臆病なことだろうか。この強くて柔軟な精神があれば、亜希子の悟との局面は違うものになっていたに違いない。

小さい頃から両親に抱きしめてもらえるのは、学校に通うこともままならない、すぐにべそをかく妹の郁子だった。その心の隙間を中学に上がり転校してきた悟が、埋めてくれた。

亜希子は友人が多いようでいて、本当のところを受け止めてくれるのはこの悟だけだった。悟を亡くし立っているのすらやっとの日々を、亜希子はもう何年過ごしてきたことだろうか。亜希子にとって悟との思い出だけが、生きて行くための縁(よすが)だった。

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