「久しぶりに映画を観に行かない?」と、彼を誘ったのは、一月の事だった。彼は昔から映画が好きだったし、元気な頃は二人でたまに映画を観にいったものだった。それに映画館の座席に座って観ているだけなら、体に負担がかからないだろうと考えたからだ。
しかし上映時間の半分を過ぎた頃だった。「外で待っているから」と言って、彼は出て行ってしまった。もう映画一本すら最後まで観る体力や集中力は無いのか、脳の病気の怖さを改めて思い知らされた。
「大丈夫最後まで観てきて良いから」と言うので、心配で気になりながら、最後まで観てきた。慌てて出て行くと、彼は入口の椅子に座りながら、にこにことしていた。「どうだった?」と言われ、「良かったよ」と答えると、「それは良かったね」と言われた。「体調は大丈夫?」と伝えると、「大丈夫だよ」と返事が返ってきてほっとしたものである。
一月から三月頃は、大学病院で〈ベバシズマブ治療〉を受けながら、散歩をしたり、気分転換になれば良いと思い公園に車で連れて行ったり、日々一日一日を大切に過ごそうと、毎日を送っていた。
サイバーナイフ治療により、半分位の髪が抜け、外に行く時は、毛糸の帽子が離せなかった。「このまま又再発しないでほしい」と祈っていた。
しかし二月に入ると一気に足が弱くなった。歩くのが少し大変そうだ。「腫瘍が運動機能の方に広がり、足の歩行障害が起きているのだろうか」と、彼の歩く姿を見て思った。