しかし、船で漁に出ることは、いつ症状が出るかわからない上、今度の漂流事故によって怖くて完全に船には乗れなくなってしまった。当局から厳しい罰則も受けた。船には乗れない。非常に痛い思いをしたから、脳裡に深く刻まれた。
結局、泥酔した状態ではあるが、帰巣本能が働き何とか家にたどり着いた。祐一は家の玄関ドアをどんどん叩いていた。智子は「ひょっとして」と期待しながらドアを開けると、プーンと強烈なアルコールの匂いをさせた夫がよろよろしながら立っている。
智子は何でここまで酔っ払っているのかわからなかったが、とにかくそんなことより祐一が無事に帰ってきたことに歓喜した。ただし智子自身が体調を崩して寝込んでしまって、祐一を横浜に迎えに行けなかったことへの申し訳ない気持ちでいっぱいになり、精一杯温かく祐一を迎えた。
「お父さん、よく無事に帰ってこれたね。体は大丈夫？」
「らいりょうぶ」
まだ完全に泥酔している祐一は玄関に倒れてそのまま寝た。そこへ、恵理が学校から帰ってきた。二人で部屋に運んで布団を敷いて寝かせた。祐一はすっかり安心したように爆睡した。
そして、祐一が目を覚ました。まだアルコールの匂いは残っていた。立ち上がると恵理がスマホゲームで遊んでいた。
「恵理」
「あ、お父さん起きたの。大丈夫？ 私もお母さんもとっても心配していたんだよ。良かったあ」
恵理は感情のおもむくまま祐一に抱き付いた。
「お父さんは、もうどこへも行かないから安心して」
「それじゃあ、指切りしましょう」
智子も一緒になって指切りした。この頃はまだ仲の良い家族だったので恵理は心底、祐一を心配していたのだ。祐一も祐一で漂流事故の間、ずっと恵理に逢いたかった。
「恵理、何かほしい物はあるか？ 何でも買ってあげるから言ってごらん」
小川一家は平和な日常に戻った。祐一は自らの深刻なパニック障害により、将来がどうなるかなんて考えていなかった。とにかく今は家族3人が揃って指切りしている現実に、しみじみ良かったなあと、それだけを考えていた。そして、幸せな家族の夜は更けていった。
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