結局、二度も受験したのに、修作は彼女に告白することもなく、親類の家を頼って、見知らぬ土地で、暴挙の傷をなぐさめようとしていることに、惨めな敗北感を払拭できずにいるのだった。

ぽつねんと岩山に座り、異様な軍艦の停泊しているその威容に何かどうにもならない大きな力を思って威圧感に修作の胸はしめつけられる。蹉跌という言葉がそれを追いかけるように押し寄せてきた。

何のために自分は高校受験のやりなおしなどしたのか、修作にはもうわからなかった。

人間は輪廻の中のボタンの一つにすぎない。ボタンは種のようであり、種の起源をたどることは人間を知ることにちがいない。種は一つのボタンとなって次へとつながっていくが、人間にはそれを知る由もない。ただすでに種の中に決まっている。

吾が学びし世界の恐慌の数々は、時代が変わっても、繰り返し繰り返し、自然と人間が起こす、さまざまな恐怖。進歩進歩と叫びたて、便利を追及し、いったい人間はどこに向かおうとしているのか?

進歩の影には背中合わせのように、アナログな悲惨が隠れている。進歩で覆われて同じ人間の悲惨から目をそらす。そらされる。進歩ばかりが表に出て、威張っているから。

修作は三十代に一度大きな手術をして、入院したことがある。入院手術などはじめてのことで、心身ともにダメージを強く受け、根が腺病質にできているものだから、環境の変化に鬱になり、夜になっても眠れない日が毎日続いていた。

歩行器によるリハビリがはじまってはいたが、術後の躰はどこにも力が入らずに、寝返りをうつのも、一仕事だった。

その晩も眠れずにいた修作は、何分もかけて自力で起き上がり、ベッド脇に置かれた歩行器に躰を預けて、トイレに行くふりをして、しずしずと病棟を進んだ。

各部屋からはイビキのさまざまな音色が聞こえてきた。全身麻酔の影響ではないかと修作は考えているが、術後には声もでなくなった。

頭で言葉は言っているのだが、それは音声となり相手に聞こえるものではなかった。言葉を発するというあたりまえのことがあたりまえではない状態で、声を出す機能が萎縮し、発しようとしても力が抜けたようで、ただもどかしいだけ。

いつまでもこのまま声を失ったままなのか。不安でならない。頭の中で言葉が渋滞し、躰の中で空しく反響した。

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※本記事は、2022年8月刊行の書籍『ノスタルジア』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。