「私の住んでいる穴の近くに古い墓があります。何でも昔、遍路に出た女性が病気になり死に、埋葬されました。墓は朽ち果て、墓碑銘は読めず、木の葉に埋もれていました。私は哀れになり、木の葉を取り除き、墓を洗い、野辺の草花を供えました。

1年が経った頃、墓から声が聞こえ、他の動物と話ができるようになると私に告げました。人と話すのは今日が初めてですが、言葉を交わすことができました」

死んだ遍路の霊が狸に乗り移ったのだ。四国が「他界」ということを改めて思った。青大将が話をしたというのも本当なのかもしれない。

狸は何度も何度も頭を下げ、子狸を背中に背負い、振り返り振り返り帰っていった。午後8時、狸はやって来た。そして8月に行われる阿波踊りの桟敷券2枚を差し出した。

「大変失礼だとは思いますが、狸としてはこれが精一杯です」と言う。

「これで十分です。思いも掛けないものを有り難うございます。この桟敷券は木の葉ではないですよね」と冗談を言うと

狸は「めっそうもありません。私の知り合いが夏の阿波踊りの開催委員をやっていてそこから手に入れたものです。子狸はその後全く問題なく元気です」と言って帰ろうとする。

「話したいことがある。少し時間は取れるか」

「構いません。何のご用でしょうか」と狸。

「阿波踊りを桟敷席で見ていると、男踊り、女踊りはあるが、単調なリズムの繰り返しと、阿波踊り自体いくら工夫したところで似たようなものだ。30分も見ているとあくびが出る。おまけに暑い。観光客の中にはホテルに帰りたいと添乗員に訴える者がいる。開催委員の方に何か新しい試みをするように言ってもらえないか」

狸は答えた。

「まず無理です。阿波踊りの開催委員達は黙っていても毎年百万人以上の観光客が訪れるので、現在の状態を変えようなどとは露ほどにも思っていません」

「私に少し考えがある。明日のこの時間、もう1度来てくれないか。観光客を飽きさせない方法を何か考えてきてくれないか」

「承知しました。明日、又来ます」と言って狸は帰っていった。

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