だから、わずかにのこった自分の畑と家畜の世話は、たまの休みの日か、朝まだ暗いうち、そうでなければ、夕方家にかえってからしかできなかった。
ネムは、自分の家のちっぽけな畑のわきを、ゆらゆらと歩いていって、林にはいった。しばらくいくと、父さんがヤギの草を刈る、原っぱについた。
草にすわって空をみあげると、ぬけるような青空に、風がやさしくふいている。ネムはうれしくなって、大声でうたいだした。それはとうてい歌とはいえないものだけど、川をわたる風のように、やわらかくすんでいて、なんともいえず心がやすまる声だ。
すると、それが合図のように、木々のあいだで鳥が鳴き、ウサギやハチがあつまってきた。ハチはブンブン羽音をたてて花の蜜をすい、キツネや、ウズラや、ノネズミもやってきて、ヘビまではいだしてくる。
動物たちは、ネムをかこんで、耳をすますように、じっとしている。歌声はだんだんゆるやかになって、そのうちに、小さなあくびとともにきえていき、しずかな寝息になった。
クーン、クーン
小さな声に、目をさました。
「だで? ごっじおいれ」
そういっても、だれもこない。そこで地面に両手をついて立ちあがると、声のするほうにむかって歩きだした。声は、丈の高い草のなかからきこえていた。
草をかきわけると、やっと目があいたばかりの、白い、ちいさな犬がいっぴき、寒そうに鳴いている。そっとだきあげると、黒い目でネムをみあげ、それから指をすいだした。
「ああ、おにゃあ しゅいていうんら」
指につばをつけて口にもっていくと、子犬はちゅうちゅうとすい、それから、もっと、というように、顔をみあげた。ネムはニカッと笑うと、子犬を両手でつつんで、よたよたと家にかえった。
家にはだれもいなかった。父さんも母さんも、地主の畑にでかけているのだ。
ネムは、台所から小さなつぼをとりだすと、なかにはいったヤギの乳を皿にいれて、子犬のまえにおいた。
だけど子犬は、どうしていいかわからないというふうに、皿をみている。