後藤医師は、君が入院時に提出した詳細な既往歴をすでに見ていて、君の職歴は既知のものだった。

「では、率直に申し上げますが、相当進行した結腸癌、上行結腸上部の結腸癌です。Ⅹ線写真で見ますと、それより中枢側の回腸はだいぶ膨らんでいましてね。腫瘍近辺は重積状態(腸壁が蛇腹のように折れ重なって腸管腔が狭くなった状態)で、イレウス(腸閉塞)寸前の通過障害がある模様です」

後藤医師は手持ちの用紙に簡単に病態を図示しながら説明し、君の反応を待った。

「やっぱりそうでしたか……」

君は、それで納得しました、という言葉は飲み込んだ。

そういえば、君は歳明け早々に、食後に臍(へそ)の上あたりにグルグルという痛みを感じ始めていた。

この痛みは通過障害による蠕動痛(ぜんどうつう)ではなかろうかとひそかに思い、かかりつけの近医の診察を受けたが問題意識にとりあげられず、六年前の大腸内視鏡所見も異常なしという言葉を添えて、整腸剤が処方された。が、改善どころか多少増悪傾向が見られたので服薬を中止した経緯がある。

やっぱり痛みの原因は通過障害のせいだったんだ。納得は自己診断が当たっていたことである。病態を聞き終わった途端、後藤医師には気が付かれなかったが、君は鳥肌を感じ、ブルブルッと身震いが起きた。

入院前前夜、夕食に何か食べたいものがあるかと聞かれて、

「じゃあー しゃぶしゃぶにでもしてもらおうか」と、赤身とはいえ松坂牛の肉厚のものを七・八枚も平らげたか。【知ってる佛】の計らいとはいえ、よくもまー狭くなった腸管をつっかえもせずに通してくれたものよと、考えるだにゾオーッと、身の毛がよだったのである。

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