戦場に出向き勝利したことで李徳裕は権力を握り、牛党の力を削ぎ落としたのだ。成徳との戦いに勝利した李徳裕が、帰途に着く前夜だった。張軌が李徳裕の陣屋を訪ねて来た。
「閣下の見事な采配により、敵を軍門に下すことができました。兵力の損害も最小限に止められ、兵士の士気に衰えがありません」と、張軌が挨拶をした。
「早々に戦果を得て、帰京が叶うのは其方らの働きがあったればこそ、皇帝にもその旨、報告しておく」
「ありがたきことでございます」
張軌は頭を下げながら李徳裕の顔色を窺い「実は閣下にお見せしたい物があります」と、推し測るように李徳裕の反応を盗み見た。
「何かな……」
「戦利品でございます」
張軌は振り返って腰の剣を外し、後ろに立つ警護の兵士に預けると、背後の陣幕の影に合図を送った。すると三尺四方の木の箱が運び込まれ、警護の兵士が皆、槍を握り身構えた。予想外の大きさの箱に李徳裕も剣に手が伸びた。笑顔の張軌がさりげなく槍先を制して李徳裕に近づき、小声で語りかけてきた。
「不審な物は入っておりません、先日、お目に掛けた物ですが、磨いた所、別物のような輝きを放つようになりました。成徳遠征の記念にお持ち頂けたらと思い、持参いたしました」
張軌は箱の蓋をずらし、箱の横に膝を突いて頭を下げ。
箱の大きさに多少の興味もそそられ、李徳裕が注意深く箱の中を覗き込む。
「お気に召さないようでしたら、持ち帰りますので、人払いの後、手に取ってゆるりとご覧頂くのがよいかと………」
箱の中に目を当てる李徳裕の背に、囁く声が掛けられた。箱の中には口を布で塞がれ、手首を縄で結わえられた美しい姑が震えていた。