「餃子と餃子がくっ付いているところを見るんや。そこがまだ白かったら、皮がまだ生や」
夏生は鍋を覗き込んだ。餃子の皮にもすっかり熱が通っている。夏生はおっちゃんから餃子返しを受け取ると、餃子を鍋から剥がすように返しを滑り込ませた。そしてクルッと餃子を裏返してプラスチック皿に盛った。
同時に西山がこちらに手を伸ばす。二人の間で餃子ののった皿が受け渡される。西山は背を向けるとカウンターにすたすたと進み、まだいくらか残っている天津飯の横に餃子を置いた。夏生のところからも白い八角の深鉢に黄色い餡かけ卵が見えた。
客は待ちわびたかのように、小皿に入れた酢醤油に餃子を浸して食べ始める。続けて二切れ。客が注文した料理は小さい時間差で全て出せるとよい。夏生は、おっちゃんがさっき呟いた「ピッタシのタイミング」の意味を客の様子から理解した。
夕飯時は六時から七時半の間がラッシュになる。シンクに溜まった食器やグラスを洗い、一息つくと八時過ぎになった。すると店は閉店支度に入るのだ。
カウンターに置かれた酢醤油やラー油、ソースなどを補充し、床に水を流してデッキブラシで掃除する。それでも遅い客がやって来る時があるが、客足が途絶えたとみると、おっちゃんは「閉めてや」とアルバイト生に声をかける。
そして、レジスターの売上合計を出すボタンをチンッと弾いて本日の売り上げを確かめる。天国飯店では即金でアルバイト代が渡された。おっちゃんは、レジのドロワーから札や小銭を取り出すと、
「わしゃぁ、明日には死んでるかも知れへんしな」
と言いながら、アルバイト代を裸で渡してくる。夏生はアルバイト代が即金であることが嬉しかった。
この二週間、西山と一緒に六回アルバイトに入った。夏生は仕送りと区別するためにアルバイト代専用の封筒を作ったが、その封筒には今夜で一万八百円が溜まることになる。
大学では単位履修のガイダンスや学生自治会による学生生活オリエンテーションが終わり、いよいよ本格的に講義や演習が始まる。夏生は、溜まったアルバイト代で本を買うことが楽しみだった。
帰り道、西山が切り出した。
「自分はなかなか呑み込みがええなあ。次から一人で入ってみるか」
「えっ、次からですか。西山さんはいつ頃から一人になったんですか」
「よう覚えてへんけど、ゴールデンウィーク前くらいやったかなあ」