僕が生まれた頃には十人ほどの社員がいた。毎日毎日、機械の音がしていて、父さんは時々、僕を膝の上に置き、工場の端にある木の机に向かって伝票を書いていた。しかし機械を動かしているときは、決して僕をその近くには来させなかった。きっと危ないと思ったからだろう。

たまに父さんにあげたいお菓子とかがあると小走りに場内を抜けて、父さんのところに行くのだけれど、決まって大声で怒鳴られた。

「ター坊、走って行っちゃ、駄目」

慌てて奥の台所にいた母さんが髪を振り乱してやってきて、「何やってるの?ここに走って来ちゃ駄目って言っているでしょ」と言いながら、僕の手を掴んでは奥に引っ張って行かれたものだ。

引っ張って行かれながら僕は、父さんがこちらを振り向きもせず機械に目をやり続けているのが、たいそう不満だった。父さんは、工場の機械の前では、ひどく真剣な姿勢を貫いていた。それは生涯変わらない仕事をする姿勢だった。

たまに日曜日に父さん一人しかいなくても、それは変わらなかったが、食事や休憩のお茶の時間の時だけは違っていた。にこにこしながら、「ター坊、来い」と言っては父さんの近くに座らせ、意味もないのに僕は頬をなでられたり、つねられたりしていた。

僕も父さんの周りにいるととても幸せだった。従業員の人たちからも、かわいがられた。僕は人に喜ばれるのが好きで、何かお菓子があると誰彼なく持って行く癖があった。

「おい、これ、俺にくれるのかい?うれしいねぇ。ありがとよ」

そんなことでも言われて笑って受け取ってくれると、本当に幸せな気分になるのだ。僕は母さんのところから、お菓子をまた取ってきては他の人に持って行く、その繰り返しを毎回やっていたような気がする。

もちろん父さんにお菓子を持って行って、黙っていても、にこにこしながら受け取ってくれたときは天にでも昇る気持ちになったものだ。そんな僕を母さんは黙って笑いながら見ていてくれた。毎日それが繰り返されていたのだから、家にお菓子がなかったことはない。