カラスのクロ

クロが帰ってこない

天井の高いホールの正面には幅の広い手すりのついた廻り段階があります。子どもの足では上るのが大変に感じられる高さでした。エレベーターもエスカレーターもありません。

〝よいしょ。よいしょ〟と、4階まで上ると、少し狭い段階があって、屋上につながっています。屋上からの眺めは360度見渡せる素晴らしいものです。

遠くに阪急塚宝線の電車が走っています。その電車の線路の向こうに、伊丹飛行場(現在の大阪国際空港)の滑走路といくつもの格納庫が見えます。

よく見えるように格納庫の屋根は赤と白の市松模様に塗られています。当時は進駐軍に接収されていて、深い緑色に塗られた軍用機が多数止まっていました。純二は思い出して、

「そうだ。クロはいつも北校の上を飛んでいく」

とつぶやくと、反対側に回ってみました。こちらは待兼山(まちかねやま)の松林が広がっていて、林の向こうに阪急箕面線が走っています。そのまた向こうには箕面の山が壁のように連なっています。

近くの松林を一生懸命探しましたが、カラスの姿は見えませんでした。北校の屋上に上ったことは、父の和夫さんには内緒です。以前大きい子どもについて屋上に上ったときは、お父さんに話しました。すると、

「ダメだ! 守衛さんに迷惑がかかるようなことはしてはいけないぞ!」

と凄い剣幕で怒られました。純二は北校の屋上からの景色が大好きでした。それからは、内緒で屋上に上がらせてもらっていたのです。その日も夜になっても、クロは帰ってきませんでした。