第5章 適応障害についての疑問・2

③長時間労働

辞めたい、でも辞められない

ブラック企業でひどい目にあってもなかなか辞められなかった人の理由について、だまされるようにして同意してしまった労働条件だがお金もないし、かといって訴えるのも大変だという事情と、もうひとつは会社を訴えることの「背徳感」を指摘しています(『ブラック企業2「虐待型管理」の真相』今野晴貴、文春新書、2015)。

ブラック企業という犯罪級の社会問題で、ある種の洗脳で簡単に辞めないように、会社と一体感を植えつけ心理的にどこまでも縛りつけていたのだと思います。多分彼らは非常に真面目で、ある程度能力と責任感があり、何らかの価値判断を強く内在化するタイプだったのではないかと思います。

このような被害に遭う若者たちはある意味では、申し訳ない言い方ですが、選ばれた人たちなのだと思います。大量採用した若者たちの多くは多分、すでに辞めていたでしょうから。

さて、今検討しているような若者に関しては、不思議な話だなと思います。多くはブラック企業ではありませんし、会社との一体感を洗脳されたわけでもありません。つらいと自覚もしています。

勧められたか自発的に来たかはわかりませんが、メンタルクリニックを受診するという方策も取れています。ひょっとして同じように(自分、ダメかな)と思ったら、さっさと辞めて行った人も多いのかもしれません。病むまでそこにたたずむ、これはどういうことでしょう。

辞めずにメンタルクリニックを受診した若者の気持ちを、聞き取りや観察の中からまとめてみました。


  • ①過労で頭が働かず、退職する気力もない

最も問題となる、気の毒なケースです。過労によってうつ的になっている可能性が高く、精神的な視野狭窄とも言われていますが、目の前のことしか考えられない、自分のことが考えられない、自分の状態や感情も考えられず対処の方策も考えられない状態で、場合によっては自殺の可能性もあります。


  • ②辞めると生活できなくなる

若い時は蓄えもなく、家族の援助もなければ、経済的には波の上の小舟のようです。辞めたいけれど、生活もあるし奨学金の返済もあるし、辞められない。ある若者は家族からの援助はなく奨学金の返済も多く、残業も多い日々で「あの時は社畜のように働いていた」と語った人もいます。人間的な気持ちではいられなかったのでしょう。若者のきびしい経済状況は切実な問題です。