航海長の増田はOICにたたずむ青木をじっくり見ていた。身長百八十八センチ体重九十キログラム、均整のとれた筋骨隆々の身体。外国人なみの体格をしている。あらゆる武道や格闘術を習得している。射撃や小火器に精通し、射撃は抜群の腕で一級のスナイパーでもある。

船を離れれば常に行方知れない謎の男になる。神戸商船大学を卒業しているときいている。外国航路の大型商船にそのまま乗っていれば、いまごろはこわもてのするとんでもないチョッサー(一等航海士)になっていただろう。

そのような男が、どうして海上保安庁にいるのだろう。超一流の女を常にからめる男、海上保安庁最強といわれる男。再度第六管区海上保安本部からの要請である。第六管区管轄の愛媛県中予地区でいったいなにを展開しようとするのか。

今年の六月に広島市や呉市で展開した陸海空の三次元のオペレーションになる作戦になるのだろう。闇の舞台に登場する女はボンドガールなみの超一流の女ときいている。普通の海上保安官じゃない青木にしか似あわないそれなりの女であろう。

行ってこい。六区からの要求である。思う存分暴れてこい。今年の六月末、広島や呉で密航にからむ悪党の壊滅作戦は、お前が休暇を取って対応したことは公然の秘密だと知っている。

さらに本庁勤務のころ同じく本庁警備課にいた西垣専門官と交流もあり、青木の話が出た。西垣も情報通で民間船会社に顔がきく人脈があった。

断片的だが、青木が冷酷非情な人間の要素があることもきいていた。船会社のそれなりのポストの人の話によると、大学を出て商船に若い航海士として乗船しているころ地中海のある島に最愛の恋人がいたらしい。

その恋人が犯罪組織に惨殺されゴミのような扱いになった。船をおりて現地警察に強力な捜査を求めたが一蹴されたときいている。それから青木は犯罪組織の壊滅のため冷酷非情な男になったのではないかと推察されるとのことだった。

誰も手に負えない悪い奴を闇から闇に葬る謎の男になれよ。増田はそうつぶやいていた。

静かに外国たばこに火をつける青木。流れる紫煙を、目を細めながら避ける。ニコチンとタールで全身の筋肉を覚醒させているのだろう。その増田のうしろで腕を組んだ機関科先任当直士の藤江機関長と村上通信長が、その男、青木を見ていた。

【前回の記事を読む】平成11年10月28日、紀伊半島最南端の潮岬沖合を航行する『あきづ』