ザ・バサラ
「この戦いは極めて明解に、また短時間で決着がついた珍しい一例だ。双方の兵力には大きな差があった。それでも少ない方が勝つという理屈に合わない事例となった。そこでいろいろな説が生まれてきたわけだ」
館長は報告書に目を通しながら、北野に信長が勝った理由をもとめた。
「鳴海城と大高城にいくつもの付城を造ったことが勝因と思います」
「小笠原くんはどう思う」
悠子は少し考えながら言った。
「信長は一年前に尾張を掌握しています。今川に対し尾張全土で対峙することができました。今川軍は駿府を出発して一週間、行程をかけています。遠征の疲れが出士気が劣りはじめたと思います」
少し間をおいて館長は話を切り出した。
「さすがにきみたちは優秀だ。よくポイントをおさえている」
と少しおだてながら厳しい言葉が飛び出してきた。
「まずきみたちに聞くが今川義元は二万五千の大軍を連れてきた。何が目的だと思う。しかも梅雨初めで田植えはあるし、水かさも増して川越も難儀な時期だ。兵糧を運ぶ荷駄隊もおそらく千人を超えたで有ろう。容易な遠征ではなかったはずだ。なにか緊急な要件、重要な案件があったと思われる」
悠子は館長にそこまで踏み込まれるとは思ってもみなかった。
「上洛説もありますが多分違うと思います。そのほかについては分かりません」
あっさりと悠子はかぶとをぬいた。優も黙っていた。
館長は悠子と優に目線を配りながらゆっくりと話をし出した。
「今川は東の北条、北の武田という強い勢力に挟まれていた。そこで西方へ進出するより方策がなかった。
また経済力を高める戦略として駿河湾、三河湾を掌握していた。さらに高めるには伊勢湾を手に入れたかった。その拠点となる鳴海城、大高城は信長がつくった付城で封鎖が続いていた。城は食料難におちいり瀕死の状態であった。
義元のねらいはその二つの城を生かすために付城を攻め落とすことだった。そのついでに伊勢湾交流の主要港、熱田白鳥湊を手中に治めるためであったと考えられる。そのために二万五千人という大軍を連れてきたのだ。鳴海城と大高城を守るためだけなら、これだけの兵力はいらないし、義元自ら来る必要はなかった」