夜明けを迎えた頃だが、太陽はまだ姿を現していない。薄暗く寒々とした空間の中で、敷地の一角にあるチャイ屋から漏れる灯りだけが温もりを感じさせていた。

僕はバックパックを背負うと、簡素な造りのチャイ屋に入ることにした。さして広くない店には客はおらず寒々としている。開け放たれた入口から、遠く離れたインドヒマラヤの風が店内に吹き込んでいた。

椅子に座り、店の主人にチャイを注文した。彼は表情を全く変えず「アチャー」と同意の言葉だけ呟くように小さな声で言うと、奥の厨房へと戻っていった。

安い紅茶の葉っぱとグリーンカルダモンにザラメを入れて、水牛の乳(ちち)で煮出したチャイが、カップから溢れ出し、素焼きの受け皿にこぼれている。僕は皿にこぼれたチャイを飲み干すと、カップをそっと持ち上げ、両手で包み込むように持ちゆっくり飲み始めた。

甘く濃厚な匂いが鼻腔をくすぐり、温かなそれが喉から胃に流れ込んでいく。疲れた体に、その独特な甘さはとても優しく感じられた。

夜行バスではエアコンが壊れていたのか、あるいは初めから取り付けていなかったのか、寒さでほとんど眠れずに、同じ姿勢を続けた体は強張っていた。

二杯目のチャイを飲み終える頃、疲れと冷えで硬くなっていた筋肉もほぐれ、ようやく人心地つくことができた。

僕は腹の底からフーッと大きく息を吐き出した。それを見計らっていたように、店の主人は厨房から僕の所に来ると、外で寝ている野良犬が飛び起きるほどの大きな声で矢継ぎ早に幾つもの質問を浴びせてきた。

「お前はジャパニか?」

「何時(いつ)インドに来た?」

「シヴァ神に会いに来たのか?」

黒褐色の肌に鋭い目つき、声は大きく相手を圧倒する迫力がある。先ほどの眠そうにしていた人間とは別人の男がそこにいた。しかも彼の話す英語は「ヒングリッシュ」と呼ばれる、ヒンディー訛りの強い、日本人にとって聞き取るのに苦労するものだった。

店の主人の強引な態度に戸惑いを覚えたが、身振り手振りを交え、リシケシに来た理由を話した。彼は僕の拙(つたな)い英語の説明を理解したのだろうか、腕を組み大きく何度も頷いた。

少し心配だったが、思い切って、シバナンダアシュラムというヨガ道場に行く道順を尋ねることにした。