カナダの教育を知ったからこそ、日本の教育の良さ、改善すべき点がよく色濃く、明確にわかるようになってきた。ぜひそれをみなさんにもシェアさせていただき、将来、どのように日本の教育を変えていくべきなのか、一緒に考えてみていただけると、とてもうれしいなと思う。

2-1:手作りマグカップ事件

幼稚園の頃の記憶は、意外とはっきり覚えている。この頃から世の中(当時は自分が今置かれている環境がこの世のすべてと思っていたので、すなわち、日本の社会のもっと小さな幼稚園という限られた社会を世の中と認識していたわけだが)での生きづらさをすでに感じ始めていたと思う。

卒園記念の作品作りの一つに、素焼きのマグカップというのがあった。ガラスのマグカップを紙粘土でくるみ、その上に、どんぐりで装飾を施して、絵の具で色を付け、ニスを塗って窯で焼くというものだった。

わたしはどんぐりをところかまわず鏤(ちりば)め、絵の具は全色を混ぜて、濃赤紫のような見たこともない不思議な色を作り夢中で塗りたくっていた。と、次の瞬間、先生がわたしのそのマグカップをひょいと持ち上げ、となりの子のマグカップももう片方の手で持ち上げた。

このマグカップ、どんぐりがきれいにズラーっとまっすぐ一直線にならべられていて、黄色の原色一色できれいに丁寧に塗られていた。先生は作業中のみんなの手を止めさせて大きな声でみんなに言った。

「みんな、見てごらん。こっちの黄色いほう。どんぐりもきれいに並べられていて、色もとってもきれいにぬられていてすばらしいですね。そしてこっちのほう。これはどんぐりもばらばらに置かれているし、色もなんだかきたないですね。みなさん黄色のほうをぜひお手本にして作ってくださいね。わかりましたか」と。

その時はなぜか悔しいとか、怒りとかそういう感情は一切湧いてこなかった。でも、何十年経ってもこうして鮮明に覚えているということはやはり衝撃的だったのだろう。幼心に傷ついたのだろう。いまだにその時作ったマグカップのことを覚えているが、あんなに斬新できれいな色はなかなか作り出せないと思うし、最高の芸術作品だったんじゃないかなと我ながら思う。

そしてこの世の中に、特に芸術に正解などない。みんな違って、みんないいのではないだろうか。なぜ、こっちは良くてこっちは良くない、なんでそんな比較をしてみんなに話したのだろうか。

先生ともあろう人間がそんなことをするなんてやはり残念だ。こんな話は今の今まで一切誰にも話してこなかった。でも、急にふと思い出したのだ。

【前回の記事を読む】出産を機に止まるもぶり返した過食嘔吐…。それでも這い上がるために前に進み続ける