鳶加藤
風間村に残った引退している忍者や女子供は四代目が率いる一行に手を振っていた。尋一は、その中で手を振る杏の姿を見つけ、声をかけた。
「杏だ。杏も手を振っている。おーい!俺は忍者になってからの初仕事をして来るぞ」
風間谷から抜け道である林道に入った尋一は、声を出しながら、手を振り返した。しかし、遠く離れていたため、その声は届かなかった。その隣に項垂(うなだ)れている鳶加藤の姿も見つけた。
鳶加藤は、尋一より四歳年上で、既に下忍として何度も戦いに出ていた。孤児の館〝一体館〟で同じ孤児である尋一や杏たちに、その戦いの様子を面白おかしく話すのであった。特に鳶加藤は、宝物に目がなく、素晴らしい宝物を見つけた時などは、自慢げに話した。
─鳶加藤のようなヘマはやらないぞ。
尋一は、振り返った顔を真っすぐ行軍の列に戻した。向いた先の林道は、曲がりくねった道である。風魔一行が、今日宿泊予定の江戸城(太田灌道が築いた平山城)に着いた時、風間谷から早馬の知らせが着いた。
「よ、四代目はどこにおられますか?」
早馬を風間谷から飛ばして来た使者は、午後風魔の里を出て、ようやく風魔一行に追いついたところだった。
「如何(いかが)した。何か不都合なことが起きたか?」
行軍の最後尾を務めていた、上忍の中で一番年長の在次郎が応対する。
「一大事でございます。留守に残った鳶加藤が抜け忍(忍者集団を脱走)となりました。しかも、杏殿を連れ去ってどこかに逃亡した模様であります」
「それは大変だ!すぐ頭目に知らせなくては」
在次郎は、太った身体を揺らしながら、大急ぎで頭目の宿舎に駆け上がった。報告を受けた四代目風魔次郎太郎は、即座に組の隊長である九人の上忍たちに指示を出す。
「わしの組を含めた四組(八十人)は予定通り、沼田城に向かう。陣太郎を中心としたもう三組(六十人)は、西に向かい八王子近辺を捜索して、一日遅れで沼田城に合流しろ!残りの三組(六十人)は、一度風間谷に戻り、そこから甲斐と駿河方面を手分けして探せ!この三組は、鳶加藤を探すまで、今回の戦いには参加しなくて良い!尋一も風間谷に戻し、捜索隊に加えろ」
風間谷に戻す組の上忍、前衛門に四代目は、付け加えて指示を出した。
「前衛門。尋一は、杏をさらわれ気持ちが乱れている。くれぐれも無理をさせるな」
「承知つかまつりました」
半数近くが二十代の上忍の中で、比較的年長である四十代の前衛門が四代目に頭を下げた。