慎二とはあまり喧嘩をしたことがなかったが、理論的な私に対して慎二は感情的に訴えてくることが多かった。そのため、いつもどちらも納得しないまま、数日連絡を絶つことでお互いが怒りや疑問を冷まして仲を修復させるという方法を取ってきた。
今思えば、それは順調な恋仲を育むカップルではなかったのかもしれない。バツが悪そうに口をつぐみ、次の言葉を思案している慎二の姿を見て思った。
「美夏は育ちが違うからわかんないかもしれないけどさ、俺の地元はみんなもう結婚してるんだよ。だから正直言うと肩身が狭いっていうか、早く結婚したいんだよね」
彼の台詞に、形容しがたい感情が押し寄せてくるのがわかった。怒りでも、同情でも、憎しみでもない、絶望感と閉塞感、哀れみを持った何かが、私の頭の先からファミリーレストランの床に置かれたスニーカーの中にある足指までを、じわじわと支配し包み込んだ。
「慎二にとって結婚は、周りの人の真似をしてするものなんだね、たとえ相手が好きな人じゃなくても」
私の気の抜けた声と、侮蔑に満ちた視線に、慎二はハッとした表情を浮かべた。彼もまた、自分と私の間にある深い溝と、それ以上の何かに気が付いたようだった。数分経った後、会計の約半分の金額をテーブルに置くと、また連絡する、と言いながら慎二は雑にコートを羽織って足早に店から出ていった。
その日彼が使っていたアウトドアブランドのトートバッグは、彼と付き合ってから初めて迎えたクリスマスに、私がプレゼントしたものだった。
異性に何をあげていいかわからず、必死にネットや彼氏がいる友人の意見を頼りに、通年使える男子大学生向けの贈り物を調べ、それを購入しプレゼントしたのだったが、彼が実際にそれを使っているのを見たのは、そのクリスマスから春を迎えるまでの数ヶ月間のみで、彼の感性に響かないものをあげてしまったのだと、私はずっと心のどこかで自分を恥じていた。
しかし、久しぶりに目にしたそのバッグを使う彼の姿は、そんな後悔を無にするようなものであり、そしてこの光景を見ることはもう二度とないのだろうと私は思った。
繁忙時間前の閑散とした店内の四人掛けのボックス席に一人取り残された私の身体からようやくこみ上げてきたのは、涙ではなく、ため息だった。