「読んじゃだめえ」笑いながら両腕を日記に乗せた。何となく部屋の隅にある仏壇のお父さんとお母さんの写真を見た。由美はお母さんがいなくて寂しいようなそぶりは見せないで、めいっぱい千恵姉ちゃんに甘えるようになっていた。
千恵姉ちゃんがトランペットを勝手に買ってきてしまいそうな心配が出てきたから、まだ下手なくせに恥ずかしかったけど、思い切って桃井先輩にトランペットを買う相談をしてみた。
「買ってもらえるのなら早い方がいいのよ。部活続けるんでしょ。自分の楽器に早く慣れた方がうまくなるから。学校の楽器は古いからピストンがすり減っているのよ……」
飛びつくようなしゃべり方で、部室の棚から楽器のカタログを引っ張り出して見せてくれた。すごく種類が多くて驚いたけど、そのうちの五、六種類は中学や高校の吹奏楽部員向けの楽器で、値段も他と比べれば安かった。それでも一番安くて四万円以上で高いものは十万円近かった。
桃井先輩は「買うときは学校を通して買うとかなり割引してくれるから、先生に言うといいよ」とにこにこしながら教えてくれた。
カタログを借りて持ち帰ったけど、どれにしたらいいのか、決められなかった。「高いものはそれなりにいいけど、安くてもちゃんと音は出せるよ」というのが桃井先輩のアドバイスで、先輩は中ぐらいのものを持っていた。
値段が高くて、直接千恵姉ちゃんにこれが欲しいと言えなくて、カタログと一緒にどれにしたらいいかわからないと書いた紙をお姉ちゃんたちの部屋のテーブルに置いた。
翌日お姉ちゃんのメモには、〈お店で見たトランペットはもっと値段の高いものばかりだったよ。高いものの方がずっと使えるはずだから、一番高いものにしなさい。お金はあとであげるから〉と書いてあった。
千恵姉ちゃんに十万円近い楽器を買ってもらっちゃっていいのか、僕はまだ迷っていた。
お姉ちゃんは銀行の封筒に入ったお金を僕に渡しながら「『北の国から』を聴かせてね」とにっこり笑った。
袋の厚みでつい「本当にいいの?」と訊き返してしまった。「何言ってるのー。中学の入学祝いじゃない」と僕の頭に手を置いた。僕は授業が終わると毎日真っすぐ部室に行った。
楽器が届いた日、職員室で楽器屋さんにお金を渡して、新しいケースに入った楽器を受け取った。嬉しかった。小さな頃は別にして、物を買ってもらってこんなに嬉しいのは初めてかもしれない。